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■358 / ResNo.60)  南さんへ
  
□投稿者/ 有志 1回-(2013/03/31(Sun) 23:21:51) [ID:czNb5fF5]
    南さんのコメントを読んでいて、ついついレスをしたくなりました。琴線に触れたようです。

    子は親を選べない、ということを重く感じさせられました。

    南さんはご自分の人生をマイナスでもプラスでもなく、ありのままに受け入れていらっしゃるところが流石と思いました。

    いつまで経っても親は親ですもんね。どんな親であろうと。

    水をさしてすみません(ー ー;)
引用返信 削除キー/
■359 / ResNo.61)  Re[17]: 南さんへ
□投稿者/ 南 52回-(2013/04/01(Mon) 08:18:10) [ID:8UfjnHwo]
    有志さん、有難うございます(^^)
    感じたままを、ありのままに言葉にして下さったのだと
    本当に嬉しいです。
引用返信 削除キー/
■360 / ResNo.62)  Re[18]: 南さんへ
□投稿者/ あい 27回-(2013/04/01(Mon) 12:58:25) [ID:k4ypp3Ny]
    南さんのお話は興味深かったです。
    あきそらさんに対しては、相談板とここだけのいわばひとつのテーマだけでのおつきあいでしかなく、
    個人的な興味はないなんて冷たいことを言ってしまいましたが、
    南さんについては、日頃、いろんな相談の回答を目にしていますので、私なりに
    イメージがあったりして、
    そんなところと重ねあわせてなるほど、と思うところもありました。


    南さんの心の中に、愛情の原型として、父親をとりあった母娘の
    母=本妻
    自分=2番手
    のイメージが根深くあるんでしょうね。
    それは絶対に勝てない関係ですもんね。
    その敗北感は察するにあまりあります。


    わたしの家庭の原型は、むしろ父と息子(にさせられたわたし)だったのかも。
    そして、父が亡くなったことでわたしは勝利者に。 ←イマココ


    南さんの可愛げに対し、わたしの可愛げの無さの分岐点のような気がしました(笑)


    日頃、わたしと南さんとでは、意見がわかれることがよくありますよね。
    わたしも元々のマイペースな性格から配慮なく言いたいことを書き込んでしまったりするのですが、
    わたし側の気持ちを一方的に書けば、決して南さんの意見を否定するつもりはないんですよ。


    あきそらさんの件に関してはちょっと別に感じる部分が実はあるのですが、
    (それはあささんのご指摘に近いことで、書こうかどうしようか考えたこともありました。書くかもしれません。)
    日頃の南さんのコメントは、女性らしい可愛げ満載で、それこそわたしからみて
    まぶしいですよ。



引用返信 削除キー/
■361 / ResNo.63)  Re[16]: 価値基準について
□投稿者/ あい 28回-(2013/04/01(Mon) 18:05:33) [ID:k4ypp3Ny]
    2013/04/01(Mon) 20:03:30 編集(投稿者)

    続きを短めに書いてしまいますが


    わたしと南さんの幼少期の愛着に、形は違えど
    問題があっただろう点は共通していると思うんですね。


    そして、幼いころの愛着を形成する時期にそれが満たされないことで
    その「満たされなさもまるごと」愛情の原型として心の中に保存されてしまう。
    満たされない相手と知りつつ、求め続けてしまうことの原型はそれではないかと。


    つまり、スレ主さんの依存的な愛情の形は
    彼に対して「満たされないこと」を承知済みの上での求めなのではないでしょうか。
    私には、満たされないことは無意識に頭でわかりながらも、そこに向かうしかない、
    にしか思えない。


    ですからむしろ「こうしてほしい」「こうしてあげたかった」と本当に思うがままに
    追及したのは、南さんの方なのではないでしょうか?


    うーん。
    うまく言えてるかなあ。
    あとで修正するかもしれません;;


引用返信 削除キー/
■362 / ResNo.64)  あいさんへ
□投稿者/ 南 53回-(2013/04/02(Tue) 11:24:52) [ID:8UfjnHwo]
    あいさん、こんにちは(^^)

    > 南さんの心の中に、愛情の原型として、父親をとりあった母娘の
    > 母=本妻
    > 自分=2番手
    > のイメージが根深くあるんでしょうね。
    > それは絶対に勝てない関係ですもんね。
    > その敗北感は察するにあまりあります。

    そうですね、そうだったんだ!
    私も今回、回想していて気がつきました。

    > わたしの家庭の原型は、むしろ父と息子(にさせられたわたし)だったのかも。
    > そして、父が亡くなったことでわたしは勝利者に。 ←イマココ
    >
    >
    > 南さんの可愛げに対し、わたしの可愛げの無さの分岐点のような気がしました(笑)
    >
    >
    > 日頃、わたしと南さんとでは、意見がわかれることがよくありますよね。
    > わたしも元々のマイペースな性格から配慮なく言いたいことを書き込んでしまったりするのですが、
    > わたし側の気持ちを一方的に書けば、決して南さんの意見を否定するつもりはないんですよ。

    そうですね、時々意見が分かれていますね、そういえば!(笑
    私も、あいさんから否定されてると思ったことはありませんし、
    あいさんらしいご意見だなあと拝見してますよ(^^)
    勿論、あいさんが私の意見と同じ見方であれば、一番「そっか!あいさんも
    そう思うか!」と安心しますけれど、
    私があいさんのご意見の後で、意見の分かれることを言うこともあるので、
    その際に、決してあいさんを否定しようと思ったことはありませんので、
    きっとあいさんもそのようなお考えで、ご自身の経験からのアドバイスを
    されているのだろうと…。気にしたことはありません(^^)
    相談者にとっては、「色々な考えの人がいる」ということ自体が、
    大きなアドバイスだと思いますし…
    わざと混乱させているわけではなく、こちらの掲示板ではそれぞれが真剣に
    「こう思うよ」とレスをされているので、意見が違っていいのだと思って
    います(^^)

    私の中にも、あいさんのイメージがあります。
    言葉にするのは難しいのですが、あいさんの様々なレスから
    人を守るために強くなった女性、という印象を感じてきました。
    身内を守るため、前面に立って戦うために、強くなる必要があった、と
    そういうお立場の方ならではの考えであり、レスかなって。
    最近では「いずれ彼女の考えが変わるかも」という内容で、あいさんと
    私で意見が異なった記憶がありますが、
    あいさんは、一度決めたら、ぶれない必要があるんじゃないかな…?
    ご自分の決定が変わると、周りの、守るべき人が困る、という、そんな経験が
    多くある女性なのかも…と。違っていたらごめんなさい(^^;
    息子、という言葉を拝見して、そんなあいさんのイメージが強くなったかも。

    > 日頃の南さんのコメントは、女性らしい可愛げ満載で、それこそわたしからみて
    > まぶしいですよ。

    ありがとうございます!とても嬉しいです!(笑

    >わたしと南さんの幼少期の愛着に、形は違えど
    >問題があっただろう点は共通していると思うんですね。


    >そして、幼いころの愛着を形成する時期にそれが満たされないことで
    >その「満たされなさもまるごと」愛情の原型として心の中に保存されてしまう。
    >満たされない相手と知りつつ、求め続けてしまうことの原型はそれではないかと。


    >つまり、スレ主さんの依存的な愛情の形は
    >彼に対して「満たされないこと」を承知済みの上での求めなのではないでしょうか。
    >私には、満たされないことは無意識に頭でわかりながらも、そこに向かうしかない、
    >にしか思えない。


    >ですからむしろ「こうしてほしい」「こうしてあげたかった」と本当に思うがままに
    >追及したのは、南さんの方なのではないでしょうか?

    この部分、昨日からよ〜〜〜く考えました…。
    これまで掲示板で拝見してきたケースも思い出しました。
    もう少しよく考えてみます!有難うございます。

    ただ、あきそらさんは(またお名前を出しちゃってますが;)
    なんだかキラキラッとしたものを感じました。まだ言うか私(^^;
    中には重たぁい印象の依存型の恋愛をされるスレ主さんもいますが、
    どこか彼女は明るく…イメージが…
    だから、頑張ってプラスの方向へ進んでほしいな、と思ってます(^^;

    確かに私は自分の求めるものを思うがままに追及してきたかもしれません!(笑
引用返信 削除キー/
■364 / ResNo.65)  Re[17]: 価値基準について
□投稿者/ あさ 9回-(2013/04/05(Fri) 19:16:40) [ID:Le6chD0s]
    2013/04/13(Sat) 09:13:37 編集(投稿者)

    南さん 幼少期のお話しをかいてくださり ありがとうございます 
    皆様それぞれ大切な部分ですので どうお返事して良いものかちょっと迷いましたが 考えたけどやっぱり普通に書かせて頂く事にしました

    > また、両親の自分への態度から、男女関係の傾向を作るものだとも思います。
    > それらを「価値基準」と誤解することもあるかと思っています。
    > 「えっ、これが普通じゃないの?だって、私はこれが普通だったし、
    > 親も兄弟もそう言っていたよ」という、とても狭い中での常識を、世界の
    > 常識と思い込むケースです。

    > でも、生涯通じて、子供の頃に過ごした人々からの影響や環境から得た影響は
    > 個人のもつ「傾向」となるのでしょう。
    > それを持たない人はいませんし、それぞれが事あるごとに「摺り合わせ」て
    > 対処していく。

    はい同感です

    > あささん、もみじさん、いい女と言って下さって有難うございます(^^)
    > 私はまだまだですけどね!(笑/汗

    南さんは なんではかは不明なのですが 森高千里に似ている? と勝手にお察しています
    もしかして・もしかすると・・ですが 似ていると言われた事はありませんか?

    > 私が母親から受けた呪いで、早い段階に自覚したものは「激しい嫉妬」です。
    > これは話しちゃおう(笑

    > 思えば、私の子供時代の早い記憶は、私だけ置いてさっさと行ってしまう
    > 母を追いかけて泣いている記憶と、自分の髪を抜いてしまう自傷行為なのです。
    > 私の2歳くらいの写真て、本当に髪がガタガタに抜けてるんですよ(笑

    > 子供の頃、みんながいるリビングが、どんどん小さく遠くにいってしまって、
    > リビングの周りは真っ黒で、私は地団太を踏みながら泣いて泣いて…という
    > 夢を繰り返し見ていました。どんだけ病んだ子供だったんだ、私(笑

    相当な深い悲しみだったのだと感じました; ;

    > 私が駄目な部分があったから嫌われたんだろう、という攻撃をやめることは
    > 難しい。私のこうした幼少時の記憶が元になっているんだろうなと思う私の
    > 世の中の色々なことに対する対応の特殊さというのは、たくさんあります。
    > 私が自覚しているだけでも…。

    > あるいは、あささんが「依存的な女性にどうしてそんなに憧れるのですか」
    > という内容を仰られているように思ったのですが、どうしてかな?と改めて
    > 考えてみると、私は、諦めることに慣れちゃっているんですね。

    > 本当は、私はこれがほしい、こうしてほしい、と、
    > 本当に強い願いがあったのだと思います。だから、それを出来る人が、眩しい。
    > 憧れるんです。本当に強く。ああ、こんなに、私も真剣に訴えて譲れないと喚いて
    > しがみつきたかった、って。だからそういう人が好きだし、そういう想いに勝てない。

    そうでしたか 興味深く 何度も大切に読ませて頂きました 
    私が書くのもおこがましいかもしれませんが 南さんは自己分析が素晴らしいですね!

    > 何不自由ないじゃない、と言われる人だって、なにかしら、そういうものは
    > あり、本人にとっては大きなことでしょう。
    > ですから、人が、両親や環境から受け取ってきた傾向の重大さは
    > 私は重く捉えます。「恵まれています」という人ほど、自覚できていないだけ、
    > 問題が大きい場合もあるかもしれません。
    > 同時に、それぞれに特殊さを持ちながらも、成長していけます。
    > 私はそう信じています。

    私も南さんの説は決して否定はしていないのです ありがとうございました
    私も30歳まで自分の家庭環境は問題がないと思っていた人間です そして環境も少しだけ ちょっとだけだけど南さんと似ているのかも(^^) 
    私の幼少期エピソードも書かせて頂こうかと思ったのですが 
    南さんは良い感じにまとめていらっしゃるなか 私が入ってしまうと話題がどんどん広がってしまう気がするため 
    スレ主のもみじさんゴメンってなりそうで(笑) また良かったら聞いて下さいです

    こちらのスレも 思わぬ方向へ話しが流れましたね(私は嬉しいですし きっと他の皆様も南さんのお話を聞けて 喜こばれていることと思います) 
    相談者さん再来も含め
     
    でも考えたら南さん仰るところと同じ様に 
    幼少期に作り上げられたもの=まさに価値基準と言えるかなって(それが変っていくこと含め)
    実はぶれていないのかなって思いました(^^)

    それから個人的には 25歳越えて30歳近くなっても問題のある恋愛をしてしまう方に対しての 心理学の勧めとなっています
    (おおもとの相談者さんも 確か30歳越えてたと思います)
    もみじさん仰るよう 心理学だけに特化せず 色々な手段はあるかと思います 
    南さんはご結婚20代後半でしたよね?  なので若い頃は 色々な恋愛や経験はして良いものだと思っています   

    あいさんの文章
    >依存性と頑固さについて。
    >依存というのは、自分をその状態に置くことへのこだわりの傾向のことだから
    >頑固さと矛盾せず、むしろ密接だと思います。

    >依存の人は、そこにこだわるから、安定に見えたりもします。
    >アル中も直接危害を受けない人にとっては「酒に信念を持った人物」でしかない。
    >それゆえに職場で上司の信頼を得たりもします。
    >こだわって頑固に延々と維持しようとする点、芯の強さにも見えたりもします。
    >ただし、自立できない弱さゆえなので、本来の安定ではなく、行動にまとまりが>ない。
    >頑固で芯の強い人物として想定していると期待を裏切られる。
    に深く納得してしまいました 

    もみじさんの文章
    >原則的には浮気相手はある意味では本命と同格でありながら
    >永遠に一番手にはなれないと思っています。
    にも深く納得してしまいました

    あいさんの文章
    >南さんの可愛げに対し、わたしの可愛げの無さの分岐点のような気がしました(笑)
    そんなことはないと思いますよ 私はあいさんに近づく男性の気持ちがよくわかる気がします 
    変に持ち上げているのではなくて あいさんも南さんとは違った可愛らしさのある方だと思っています ◎


引用返信 削除キー/
■365 / ResNo.66)  Re[18]: 価値基準について
□投稿者/ 南 54回-(2013/04/06(Sat) 21:46:50) [ID:8UfjnHwo]
    あささん、有難うございます!

    > 南さんは なんではかは不明なのですが 森高千里に似ている? と勝手にお察しています
    > もしかして・もしかすると・・ですが 似ていると言われた事はありませんか?
    あら……(^^;
    不思議なことに、何度か言われたことがあります…。えーっ??
    どうしてそう思われたんですか?(^^;;
    でも、実際は、森高千里さんの方が、私なんかよりずっと綺麗です。勿論!(笑/汗

    > 相当な深い悲しみだったのだと感じました; ;

    > そうでしたか 興味深く 何度も大切に読ませて頂きました 
    > 私が書くのもおこがましいかもしれませんが 南さんは自己分析が素晴らしいですね!

    有難うございます…。感じたままを伝えて下さったのだなあと、とても
    嬉しいです。(^^)

    > 私も南さんの説は決して否定はしていないのです ありがとうございました
    > 私も30歳まで自分の家庭環境は問題がないと思っていた人間です そして環境も少しだけ ちょっとだけだけど南さんと似ているのかも(^^) 
    > 私の幼少期エピソードも書かせて頂こうかと思ったのですが 
    > 南さんは良い感じにまとめていらっしゃるなか 私が入ってしまうと話題がどんどん広がってしまう気がするため 
    > スレ主のもみじさんゴメンってなりそうで(笑)また良かったら聞いて下さいです
    >
    > こちらのスレも 思わぬ方向へ話しが流れましたね(私は嬉しいですし きっと他の皆様も南さんのお話を聞けて 喜こばれていることと思います) 
    > 相談者さん再来も含め
    >  
    > でも考えたら幼少期に作り上げられたもの=まさに価値基準と言えるかなって(もちろんそれが変っていくことはあるのですが)
    > 実はぶれていないのかなって思いました(^^)
    >
    > それから個人的には 25歳越えて30歳近くなっても問題のある恋愛をしてしまう方に対しての 心理学の勧めとなっています
    > (おおもとの相談者さんも 確か30歳越えてたと思います)
    > もみじさん仰るよう 心理学だけに特化せず 色々な手段はあるかと思います 
    > 南さんはご結婚20代後半でしたよね?  なので若い頃は 色々な恋愛や経験はして良いものだと思っています   

    はい、私が結婚したのは二十代ですね。
    あささんは、以前に、御両親について「父は、母を家中追い掛け回していました」
    と書かれていらっしゃいましたね。このフレーズ、微笑ましいなァと思い、
    覚えています。
    確かに私の実家の環境にちょっとだけ似ているかもしれませんね。
    あささんの仰った「私も30歳まで自分の家庭環境は問題がないと思っていた
    人間です」という部分に、ちょっとはっとしました。
    私は、この部分に、こんな風に、ピッと反応される方がいらしたのが
    意外でした。
    有志さんもあささんも、心理学をお仕事にされていらっしゃる方なので、
    私の話から、なにかしら…私が気づいていないようなことを…ピックアップし、
    考えて下さっているんだろうなあ、と。それはとても嬉しいことです(^^)
    この幼少時の話は、大人になってからは人に話したことがなく、
    なぜかと言うと、声に出して話すと、どうにも重たぁーい話になってしまい、
    私が思うより深刻な様相になってしまうからなのですが(^^;、
    友人達には、直近の恋愛話などはしょっちゅう話していましたが、ここまで私の
    古い記憶にまで遡って話題にしたことは……そういえば、これまで、なかった。
    書くことで気づいたなあと思うこともありますので、
    あいさんやあささんから今回問いかけられたことで、良い機会を頂きました。
    有難うございました(^^)
引用返信 削除キー/
■366 / ResNo.67)  Re[19]: 価値基準について
□投稿者/ もみじ 21回-(2013/04/10(Wed) 13:25:37) [ID:yIGeS34X]
    最近読んだ本に、日本人は集団の中の個として自分を受け止めており
    本当の意味での個人主義とか自立というものが
    苦手だというようなことが書かれていました。
    外国人がわかりやすく愛の言葉を囁いたりスキンシップを盛んに取るのは
    それをしなければ人間はバラバラであることを知っているからだそうです。
    日本人はその辺りをあやふやにすることで
    いわば依存的な共同体を築きやすいということでした。

    話は少し逸れますが、誰しも自分の選択が正しいと思っていて
    傍からみてどうであれ、その人の中ではもっとも合理的な選択肢を選んでいる筈です。
    皆様のレスを拝読していると私の意識の二歩先三歩先まで
    しっかり言語化して下さっているなあとカタルシスを覚えたりもします。
    奇策など打つのは傍目には飛び技を使っているように見えても、
    本当は計算をしないことすらも計算で、緻密だったりするんですよね。

    前回のトピックの議題とも結びつくのですが
    感情もあるレベルまでは意識的に己の意志でコントロールできますし、
    もっと言えば一般に感情と呼ばれているものの一部は理性だと思っています。
    便宜的に、己の意志でコントロールできない(=言語化できない)
    理性の深い領域を感情と読んでいるだけで。

    言葉にして明言できることは既に理解できていることだと思うので
    ご相談者様がはっきりと言葉でご自身の考えを表明できないのは
    ある意味では当然だとも思うのです。
    ただし、なるべく、己の選択や感情について
    深く自覚的であるのが好ましいと思っています。
    その方がより優れた選択ができる可能性が上がりますから。

    そして最初の話に戻るのですが、日本人は…と限定するには海外のことを知らなすぎるのですが、
    自身を振り返るに共同体的な文化の中で育った実感はあります。
    曖昧さやあやふやさ、感情論に救われる面はありますが
    それがゆえに個としての自立が頭打ちになってしまうというか…。
    なんとなく皆で同じ軸を共有している環境の中で育つと、自分用に最適化された
    確固たる軸(価値基準)を持つことに肯定感が生まれにくい気がするんです。
    共同体に呪われているといいましょうか。
    自立することに抜け駆けの罪悪感みたいなものがあって。

    とはいえ呪いを解くには自立の必要があります。
    その初めの一歩は、価値基準は私です、と堂々と宣言できることかな…と思いました。
    自立とは?と考えるとつい過去の癖で多数決的な正しさを追い求めてしまいがちなのですが
    (正しさを知ることも、それはそれで必要ですね。
    踏まえた上での逸脱した行動と無知とでは持つ意味が全く異なりますから。)
    南さんの言葉をお借りすると「特殊さを持った」自分自身をまずは丸ごと是として
    絶対軸に打ち立てなければ、いつまで経っても身の丈に合った
    ものさしを持つことはできないのではないかな、と。

    心理学とはいわば、そのための補助輪ですね。
    まずはひとつの基準に沿って仮説検証を繰り返して
    自己理解を深めて行くのが効率が良く
    そのためのガイドラインとして優れた理論体系だと思います。
引用返信 削除キー/
■368 / ResNo.68)  Re[20]: 価値基準について
□投稿者/ あさ 11回-(2013/04/10(Wed) 19:02:47) [ID:Le6chD0s]
    2013/04/11(Thu) 18:23:44 編集(投稿者)

    南さんありがとうございます 

    >>南さんは なんではかは不明なのですが 森高千里に似ている? と勝手にお察しています
    >>もしかして・もしかすると・・ですが 似ていると言われた事はありませんか?
    > あら……(^^;
    > 不思議なことに、何度か言われたことがあります…。えーっ??
    > どうしてそう思われたんですか?(^^;;
    > でも、実際は、森高千里さんの方が、私なんかよりずっと綺麗です。勿論!(笑/汗

    やっぱりそうでしたか・・・なぜそう思ったかと申しますと 
    私が思う森高さんのイメージと 私が思う南さんのイメージが ほぼ一致するからです
    調子に乗って書かせて頂くなら おやまあさんはB‘zの稲葉さんのイメージですね  似てるかどうかは別としてそんなイメージがあります 

    > あささんは、以前に、御両親について「父は、母を家中追い掛け回していました」
    > と書かれていらっしゃいましたね。このフレーズ、微笑ましいなァと思い、
    > 覚えています。
    > 確かに私の実家の環境にちょっとだけ似ているかもしれませんね。

    ありがとうございます 大分前に書かせて頂いたかと思うのですが よく覚えててくださいましたね

    > あささんの仰った「私も30歳まで自分の家庭環境は問題がないと思っていた
    > 人間です」という部分に、ちょっとはっとしました。
    > 私は、この部分に、こんな風に、ピッと反応される方がいらしたのが
    > 意外でした。
    > 有志さんもあささんも、心理学をお仕事にされていらっしゃる方なので、
    > 私の話から、なにかしら…私が気づいていないようなことを…ピックアップし、
    > 考えて下さっているんだろうなあ、と。それはとても嬉しいことです(^^)

    私はたいして勉強もしていないですし経験もないため 
    偉そうに書けることはなく なんともおこがましいのですが 今回書かせて頂きました
    また こちらの常連さんの半分程度の方は(もみじさんはじめ) 程度に差はあれ心理学をやってらしたのだと思っています 

    南さんのあちらの書き込みは こちらの常連さんだけに限らず 
    多くの方々に 共感やら共鳴やら 感ずる物がとても大きかったこととお察しします
    それは素晴らしい事だと思います  

    > この幼少時の話は、大人になってからは人に話したことがなく、
    > なぜかと言うと、声に出して話すと、どうにも重たぁーい話になってしまい、
    > 私が思うより深刻な様相になってしまうからなのですが(^^;、
    > 友人達には、直近の恋愛話などはしょっちゅう話していましたが、ここまで私の
    > 古い記憶にまで遡って話題にしたことは……そういえば、これまで、なかった。
    > 書くことで気づいたなあと思うこともありますので、
    > あいさんやあささんから今回問いかけられたことで、良い機会を頂きました。
    > 有難うございました(^^)

    幼少期の話しをすると 聞くほうがみるみる深刻な様相って 確かになるときありますね (^^; 
    話す方は案外普通に話せるのですけどね

    こちらこそ 恋多き女:南さんのルーツをしることが出来たり 
    自分の考えをまとめることが出来たり 南さんが森高さんに似ている事がついに判明したり (笑) 色々とありがとうございました
    もみじさん スレにお邪魔させていただきありがとうございました(^^)

引用返信 削除キー/
■369 / ResNo.69)  Re[20]: 価値基準について
□投稿者/ 南 55回-(2013/04/10(Wed) 22:47:19) [ID:8UfjnHwo]
    2013/04/11(Thu) 08:18:05 編集(投稿者)

    No366に返信(もみじさんの記事)
    > 最近読んだ本に、日本人は集団の中の個として自分を受け止めており
    > 本当の意味での個人主義とか自立というものが
    > 苦手だというようなことが書かれていました。
    > 外国人がわかりやすく愛の言葉を囁いたりスキンシップを盛んに取るのは
    > それをしなければ人間はバラバラであることを知っているからだそうです。
    > 日本人はその辺りをあやふやにすることで
    > いわば依存的な共同体を築きやすいということでした。

    夫とつい最近話題にしたのですが、
    (発端は、私が、どうして海外の文化には私達から見るとオーバーリアクション
    のような行動やスキンシップが多いんだろうね?日本語の単語数が、英語の
    単語数より多いという説なんかと関係するのかな?と聞いたことだったかと
    思いますが)彼が言うには「狩猟民族と農耕民族の差だろうね」と…。
    「元々が狩猟民族の彼らは、常に獲物を追って移動する必要があったし、
    ヨーロッパは多くの民族が侵攻してきた歴史があり、
    言葉が通じないことが普通だったんだろうね。だから、相手がどんな言葉を
    話す人だろうと、分かるように、感情を大袈裟に表したりスキンシップで
    表現する文化になったんじゃない?」「逆に、農耕民族の日本人は、
    一年二年と稲の生長などにつきあって一つの場所に留まるから、
    何人かで協力して作業する必要性を重く感じていたんじゃない?」「一つの村の
    中でやっていこうと思えば、言葉の通じない相手と出会うことも少ないから、
    身振り手振りやスキンシップではなく、言葉で伝えようとする傾向に
    なるんじゃない?あうんの呼吸とか、共同体が共有している常識を前提に
    ものをいえ、空気を読め、みたいなさ」。
    大体、こんな内容のことで、おもしろーいと思ったことがありました。
    私は、彼とこの手の話をするのも好き(^^)

    > 話は少し逸れますが、誰しも自分の選択が正しいと思っていて
    > 傍からみてどうであれ、その人の中ではもっとも合理的な選択肢を選んでいる筈です。
    > 皆様のレスを拝読していると私の意識の二歩先三歩先まで
    > しっかり言語化して下さっているなあとカタルシスを覚えたりもします。
    > 奇策など打つのは傍目には飛び技を使っているように見えても、
    > 本当は計算をしないことすらも計算で、緻密だったりするんですよね。
    >
    > 前回のトピックの議題とも結びつくのですが
    > 感情もあるレベルまでは意識的に己の意志でコントロールできますし、
    > もっと言えば一般に感情と呼ばれているものの一部は理性だと思っています。
    > 便宜的に、己の意志でコントロールできない(=言語化できない)
    > 理性の深い領域を感情と読んでいるだけで。
    >
    > 言葉にして明言できることは既に理解できていることだと思うので
    > ご相談者様がはっきりと言葉でご自身の考えを表明できないのは
    > ある意味では当然だとも思うのです。
    > ただし、なるべく、己の選択や感情について
    > 深く自覚的であるのが好ましいと思っています。
    > その方がより優れた選択ができる可能性が上がりますから。

    自分の感情をすべて言葉に出来る、説明できる人は、たぶんいませんよね。
    どこかで、「これ以上迷っていても埒が明かない、こう決めた!」と
    腹をくくるしかないのだと思います…。
    例えば、彼と別れようと決めた、と思っても、
    彼への想いが消えてなくなるわけではない。。。
    どっちが正しいのか、どっちが自分の本音なのかも
    いくら考えても分からない、のが正直なところでしょう。
    私は、過去に思ったことがあるのですが、
    もし私が100歳まで生きるのなら、きっとこの道は選んじゃいけないんだろう。
    と思うようなことがありました。
    いや、もっと正確には、「もし私が100歳まで生きるのなら、きっと、
    あまりに負担を重ねてしまう。長い年月の間にいずれ限界が来るのが見えている
    から、この選択はやめておきたい」かな…。
    でも、もし私が一年後に死んでしまうなら、是非、やっておきたい。
    一年で人生が終わってしまうなら、その間に負うリスクは、100年後を見据えた
    場合より、明らかに少ないからです。そして、今、これだけ魅力を感じているなら、
    やった場合の方が満足も達成感も俄然大きいでしょう。
    やらないで後悔するなら、やって後悔したほうがいい、という考え方があります。
    同時に、常に短期間の快楽や損益だけを見て、先のリスクなんかどうでも
    いいじゃない、というのは、大人としていかがなものかという自制もある。
    私ひとりならいざ知らず、家族への責任などもあります。
    (当時子供はいませんでしたが、いずれ自分が育むかもしれない命への責任は、
    考えました)

    うまくぼかして説明が出来ないのですが、
    上のどちらも本音は本音なのですよね。分かっちゃいるのです。
    で、どうするか…。現実問題、100年や1年という明らかな差があるとは限らず、
    多分、私は数年は生きているだろうし、でも、100歳までの寿命はなさそうだ。
    でしたら、ある程度考えたら、ええい、もう、こっち!と選ぶしかないわけで…、
    後は、「少しでも長くこの道でやっていくために、この点だけは改善の必要が
    ある」と考えるか、「携わっているのは二年だけ。そうしたら、
    どんなに離れるのが苦痛でも、離れるべきかどうかを改めて考えよう。」と
    するか、短期的、長期的に視点を変えて、利害や、自分がどうしたいかを
    考える。…しかないかな(^^;
    ただし、いずれにしても、決めたことを実行出来る意思の強さは必要でしょう
    けれど(^^;
    だいぶ「あらっ面白そう」と、長期的に係わるわけにはいかないことに
    係わってきた覚えもあり、私は、皆様ほど理性的ではないかもしれない…。
    なんて想いもあります。
    >
    > そして最初の話に戻るのですが、日本人は…と限定するには海外のことを知らなすぎるのですが、
    > 自身を振り返るに共同体的な文化の中で育った実感はあります。
    > 曖昧さやあやふやさ、感情論に救われる面はありますが
    > それがゆえに個としての自立が頭打ちになってしまうというか…。
    > なんとなく皆で同じ軸を共有している環境の中で育つと、自分用に最適化された
    > 確固たる軸(価値基準)を持つことに肯定感が生まれにくい気がするんです。
    > 共同体に呪われているといいましょうか。
    > 自立することに抜け駆けの罪悪感みたいなものがあって。
    >
    > とはいえ呪いを解くには自立の必要があります。
    > その初めの一歩は、価値基準は私です、と堂々と宣言できることかな…と思いました。
    > 自立とは?と考えるとつい過去の癖で多数決的な正しさを追い求めてしまいがちなのですが
    > (正しさを知ることも、それはそれで必要ですね。
    > 踏まえた上での逸脱した行動と無知とでは持つ意味が全く異なりますから。)
    > 南さんの言葉をお借りすると「特殊さを持った」自分自身をまずは丸ごと是として
    > 絶対軸に打ち立てなければ、いつまで経っても身の丈に合った
    > ものさしを持つことはできないのではないかな、と。
    >
    > 心理学とはいわば、そのための補助輪ですね。
    > まずはひとつの基準に沿って仮説検証を繰り返して
    > 自己理解を深めて行くのが効率が良く
    > そのためのガイドラインとして優れた理論体系だと思います。
    他者との差を意識しますと、どこか劣っているように、あるいは
    自分だけ成熟していないように感じることがありますね。
    でも、きっと「狩猟民族と農耕民族」の差のような(これが正しいかは
    分からないけれど)それぞれの持つ「特殊さ」ゆえの、慣れ、不慣れ、なども
    係わるのでしょうね。
    もちろん、私達の文化の素地が、現在に適応していなければ、
    改めて学んでいく必要はありますね。
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